ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群 vol.1 〜 世界遺産を巡る旅 〜
今回の街歩きはポツダム中央駅からスタート
歩く場合は、駅の北口から、路面電車やバスで街まで行く場合は南口から出ましょう。
まずは聖ニコライ教会へ
と思ったら、オープンは9時からだった。(汗)
時間の都合上、後で戻ってくることにし、先に進みます。
少し進むと、聖ペーターと聖パウル教会。
こちらは門が閉まっていて・・・と思ったら教会関連者が出てきたので訊くと、現在はオープンチャーチではなく、水曜または日曜のミサの時にしか入れないそう。
教会内での悪戯行為などがあり、常に開けておくことは断念したとか!?
なにそれ!残念ながら教会内での悪質な悪戯なんて、する人がいるんですね。
ポツダムの「ブランデンブルク門」
ブランデンブルク門、というとベルリンを想像するでしょう。
もちろん、東西ドイツの象徴となっているブランデンブルク門は正真正銘ベルリンにある。
そもそも「ブランデンブルク」というのは街の名前。
「ブランデンブルク門」というのは、ポツダムでもベルリンでも、ブランデンブルク方面に向いて建設されている。
地図のない時代に、方角を知るためにも役立ったの。
この門を出てまっすぐ行くと、ブランデンブルクの街につくよ、という意味。
なので、本物も、偽物もないのよ〜!
みなさんが訪れたいのはベルリンの方かもしれないけど、ポツダムのブランデンブルク門も噴水や、ゲートの奥に見える教会の塔(聖ペーターと聖パウル教会)の景観も良いですよ〜!
まずはツェツィーリエンホフ宮殿方面へ
ホーエンツォレルン家が建てた最後のお城、そしてポツダム会談の場として大きく歴史に名を刻んだツェツィーリエンホフ宮殿。
しかし、それがポツダムという街に存在すると知っている方はなかなか少ないように感じる。
「Heiliger See (聖なる湖) 」と名のついた湖の西岸に広がる広大な「新庭園」
南側から一つづつチェックポイントを巡っていく。
まずは「Gotische Bibliothek (ゴシック様式の図書館)」
第二次世界大戦で破壊され、修復再建。
現在は書物が置かれていないし中にも入れないが、建物自体は可愛らしいパヴィリオンのようで、テラスから湖の北側に見える「Grünes Haus(緑の家)」を望む景観が素敵。
オランジェリーと小さな庭園
公園中ほどに出てくるのは、オランジェリー(外で冬を越せない木や植物を閉まっておく場所。フルーツの「オレンジ」から来ている。)とその前に広がる小さな可愛い庭園。
これだけでも見ていて飽きない。
大理石の宮殿(Marmorpalais)
ドイツ帝国最後の皇太子で、皇帝ヴィルヘルム二世の息子、ヴィルヘルムとその妻ツェツィーリエが、ツェツィーリエンホフ宮殿が立てられる前に居城としていた宮殿。
大理石をふんだんに使った大変豪華な宮殿で、湖のすぐそばに立っている、その景観も素晴らしい。
ホーエンツォレルン家、最後のお城ツェツィーリエンホフ宮殿
1913-1917年にかけて、イギリスのカントリーハウス風に建てたい、ということで、ドイツではあまり見ないスタイルの宮殿が建てられることになった。
ドイツ帝国最後の皇帝ヴィルヘルム二世が、息子で皇太子のヴィルヘルムとその妻ツェツィーリエ(お城の名前にもなった!)のために建てた。
二人は1945年の第二次世界大戦終戦までそこに住んでいて、当時の生活の様子は現在でも見学することができる。
この広大な庭園は18世紀終わりのイギリス庭園となっているので、それにあったスタイルを、となったそう。
建材はドイツ特有のレンガや木材を利用しているので、英国風とドイツ風が融合した唯一無二の美しさとなっていると感じる。
内部や中庭なども素晴らしく、そしてユニークなデザインとなっている。
内部の様子はまた今度・・・
設計士はPaul Scultze-Naumburg(パウル・シュルツェ-ナウムブルク)。
歴史に大きく名を刻んだポツダム会談の舞台!
1945年7月16日から8月2日まで、この場所でポツダム会談が開かれた。
ここで当時のビッグ3
アメリカ大統領:Harry S. Truman
イギリスの首相:Winston Churchill または Clement Attlee
ソビエト連邦総督:Joseph Stalin が集い首脳会談を行った。
その結果、第二次世界大戦が終戦し、冷戦時代の始まりとなったことはみなさん知っているだろう。
ヨーロッパには東西間に「鉄のカーテン」が引かれ(ヴァーチャル)、1961年に「ベルリンの壁」が建設(リアル)されることとなった。
ホテルとしてのツェツィーリエンホフ宮殿、果たして営業再開は?2024年秋より大規模修復工事が決定!
2014年1月に修復のために休業、となってから、ホテル営業がこれまで再開されることは残念ながら無かった。
2024年11月よりツェツィーリエンホフ宮殿全体が大規模な修復作業を行うため、無期限で閉館されることも決定。
最後にツェツィーリエンホフ宮殿の内部見学をしたのは、まだホテルが営業していた頃だったので、閉館前に再訪しておきたいところ。
いつ行けるかな〜修復後はぜひホテル営業も再開して欲しい!泊まりたい!
旧東西ドイツの旧国境を越え、ポツダムからベルリンへ
新庭園の端っこからグリーニッケ橋を越えてベルリンへ。(写真忘れ!)
ここで特記すべきは、ここで言う「ベルリン」は第二次世界大戦後の「西ベルリン」に当たると言うこと。
大きな湖を隔てて、ベルリン側の湖畔には高いベルリンの壁が建設されていただけでなく。
湖を渡るための橋が撤去されたり、封鎖されたりしていた。
現在は壁のあった場所は散歩道になっていて当時の歴史について歩きながら学ぶことができる。
グリーニッケ城(Schloss Glienicke)と庭園
グリーニッケ狩猟城(Jagdschloss Glienicke)
その名の通り、狩りのためのお城として使われた。
1682年〜1693年にかけてブランデンブルクの大公爵フリートリヒ・ヴィルヘルムがフランスのバロック様式で建てさせた。
その後も19世紀終わりまで、様々な建築様式で改築や増築されて現在の姿に。
第二次世界大戦後はユースホステルとして利用されたり、映画の撮影に使われたりしてきた。(「Mädchen in Uniform」など)
現在は、研修所となっており、関係者以外は立ち入りできない。
蒸気機関の家(Dampfmaschinenhaus)
広大なバベルズベルク公園の水利のために1843-1845年にかけて作られた。
湖を挟んで西ベルリンとの国境にあったこともあり、東ドイツ時代はコンクリートで覆われてしまい、損傷が激しい。
修復の見込みは立っておらず、立ち入りもできないのが残念。でも対岸のグリーニッケ狩猟場(Jagdschloss Glienicke)を望む景観は素敵!
・・・ところで、有名な方(?)の蒸気機関の家はこちら。
1841-1843にかけて建設された蒸気機関の家で、「ロマンチックな」ヴィルヘルム四世の名により、こちらもオリエンタル風に作られ、モスクと呼ばれているのは一緒。
今回、こちらには行きそびれたので、次回!
1842年に当時の最新式エンジン(81,4馬力)が導入され、サンスーシ宮殿前の噴水(38m)をあげることに成功した。(直線距離で3kmほど?)
東西ドイツ時代にコンクリートで覆われてしまい、手入れもされていなかったために痛みが激しく、修復工事も終わっていないが、夏季のみ内部見学ツアーで当時の仕組みを見ることができるらしい。
バベルズベルク城
世界遺産の構成遺産。
お城の内外にたくさんの映画のセットが組まれているという、ロケ地。
映画村みたいな?
数年前に、ポツダムのハーフマラソンに参加した際、ここのお城前を駆け抜けたのが懐かしい!
改めて近くで見ることが出来て嬉しかった。写真ポイントはどう考えても対岸。
ここに来る前、グリーニッケ橋から撮っておくべきだった。油断しました。
上記を全部徒歩で巡ると・・・
約13キロの行程をまさか全て徒歩で巡ることになろうとは。
広大な公園内、湖畔の散歩道。。。全て美しい。
ただ、公共交通機関を利用するのが難しいコースなので、時間と体力には余裕を持っていきましょう!
そして、今回は月曜に回ったので、宮殿たちは全て閉館。
それは分かっていたけれど、誤算だったのは沿線のカフェやレストランも全て休業(涙)バベルズベルク公園を出たところにある天文学研究所の自動販売機でお水を入手。
(お金を入れたけれど、ボトルが落ちてこなかったので、受付の方に鍵を開けてもらいました。。。あるある。)
コースを復習しておきます。
⓪ポツダム中央駅
①聖ニコライ教会
③聖ペーターと聖ポール教会(外観のみ)
④オランダ街
⑤新庭園(ゴシック図書館、オランジェリー、大理石宮殿、ツェツィーリエンホフ宮殿、貝のグロッテ(修復中)など)←世界遺産
⑥グリーニッケ橋(旧東西ドイツ国境、ここからバベルズベルク城の写真を撮るべきだった!!)
⑦グリーニッケ城←世界遺産
⑧グリーニッケ狩猟城(今は養成学校となっていて見学できない。)←世界遺産
⑨バべルズベルク公園(蒸気機関の家、バベルズベルク城(両方外観のみ))←世界遺産
⑩ポツダム天体物理研究所(お手洗いと自動販売機!)←あとで調べたら、ここの天文台も世界遺産の構成遺産遺産だった!!知らないって罪。。。
そこからようやくバスでバベルズベルク駅まで移動できました。
インド料理屋さんで遅めのお昼ご飯♡お腹いっぱいになりポツダムの市街地に移動。
。。お疲れ様でした!